習慣新書

新書を片っ端から紹介していくブログです。1年間に200~300冊程度紹介するのを目標にしています。

何ともお買い得。美術通でなくても美術館に行きたくなる本 『印象派で「近代」を読む』(NHK出版新書)中野京子

 何ともお買い得な本である。オールカラーの印象派の名画が見開きで26作品掲載され、さらに40点以上も小さな枠で印象派やそれ以外の絵が載っている。さほど絵に詳しくなくても、どの絵もどこかで見た事のあるものばかりだ。
 本書は単なる名画の解説ではなく、なにゆえ印象派が「近代」とともに登場したかを明確に語っている。近代社会は資本主義と国民国家を特徴とする。そこでの主役は、アンシャンレジーム時代の王侯貴族と異なり、金はあっても古典的教養に劣るブルジョアジーだ。彼らには、当時一流とされていた「サロン」に飾られる絵画を鑑賞するだけの素養がない。
例えば、と言って本書ではジェロームの『ピグマリオンとガラテア』を絵とともに紹介する。これは、「ピグマリオン王は自分が作った彫刻に恋してしまい、ヴィーナスに祈ってその像を人間に変えてもらった」というギリシア神話の知識があって初めて完璧な裸婦の絵に感動が生まれる。そうなると、画家は如何に裸婦像を陶器のごとくピカピカに描くかに心血を注ぐし、鑑賞する方も劣情とは別の感情を移入できる。だが、その前提知識のない者には磨き上げた女性に抱き着くオヤジの絵にしか見えないだろう。
ところが、印象派の絵はそのような西洋古典の教養を鑑賞者に求めない。絵から光を感じる事のできる人ならば、誰でも印象派、特に初期の印象派の作品を好きになれる。これこそが、新しいパトロンであるブルジョアジーに印象派が受けた理由である。ヨーロッパでさえそうなのだから、新興国アメリカの金持ち達にはなおさらありがたかったに違いない。
そのほか、技術の進歩によって屋外で絵を描けるようになった事例や、蒸気機関車が今とは違って最新技術として描かれていたこと、写真の登場により絵に模写以上の芸術性が要求されるようになったこと等、興味深い話がてんこ盛りだ。
これが1000円(+消費税)で買えるのだから新書はたまらない。

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